今日20歳になりました.
私の中で自分が20代になるという衝撃はすさまじく,言葉にできないものがあります.なぜこういう気持ちになっているのかは分かりませんが,無慈悲に流れる時間と時間に長されている私自身への自己嫌悪から来るものなのかもしれません.今日は,そういう気持ちを考えるんじゃなくて,前向きに,これからどうやって生きていくかについてお気持ちを書きたと思います.そのために,10年ほど遡って昔の話をします.
10代を振り替えってみると10歳から15歳までの5年間は,私の価値観の基礎を作った期間でした.
中学受験を通した周りの人との会話,中学での生活を経て,私の中に"私"が作られたと思います.この頃に経済的に自立しないとなにもできないと思うようになり,「理論物理学者になりたいという夢」から「お金を稼げそうなエンジニアになりたい」に変わりました.もちろん,情報系に行けば好きな理論物理にも,他の興味があることにも手を伸ばせそうという気持ちもありました.でも,やっぱり金銭的なことに関する私の価値観の変化は確実にあったと思います.それは,私立の中学に行き,それまで頻繁に見ることなかった層と交流するようになったことも,スマホのお陰でより広い視点で社会を見れるようになったからかもしれません.結果的にこの新しい価値観の発生が私がPythonを始めるきっかけになり,そして東工大に入れたことにも繋りました.
もっと大きい範囲で見ると,私の人生の目標にも大きな影響を与えた期間でした.
15歳から20歳までの5年間は私の人生のターニングポイントとなるイベントがたくさんありました.まず,一番最初にあった大きなイベントは,琉大のオープンキャンパスに誘われて参加したことでした.そこでintelさん達と出会い,そして沖縄のPythonコミュニティと接続することができました.それからはPyConを運営したり参加したり,海外のPyConに行ったりして,高校の枠を超えた活動をすることができ非常に充実した生活を送ることができました.この経験を使って,東工大の総合型にぬるっと合格でき,東京でコンピュータ関連のことを学べるチャンスを得ることができました.ぬるっと入った東工大では,入学当初は量子コンピュータをやるつもりでしたが,なぜかiGEM TokyoTechに入りsynbio関連のことをやることになりました.そして,気づけばサブリーダーになってしまいました.
この5年間は一年後の私がどうなっているかが分からない動きが楽しい期間でした.当時の私は自分なりに必死にチャンスを掴もうとして努力していたと思いますし,それらが実る機会が非常に多かったことは非常に幸運なことでした.
私は20代の間になにができるのでしょうか.自分が20歳になることが見え始めた5月の末ごろからずっと考えていました.1ヶ月考えた結果,20代でできることは「自立」だと思っています.それは親からの経済的な,精神的な意味でもそうですし,周りの人,周りの環境に対しても,です.今までの私は,大学に行かせてもらえる,首都圏で一人暮らしをさせてもらえる等,非常に恵まれた環境で生きていくことができました.しかし,これから先もこういった環境が続くとは思っていないし,続いてほしいとも思っていません. そういった意味を込めて,20代では「自立して生活できるようになる」を目指してがんばって生きたいと思います.
今の自分が直近5年の自分を見ると,書いたように,努力の量が足りてないけど,自分なりにチャンスを得るためにがんばっていたと思います.次の5の倍数の年齢である25歳の自分が,20歳からの私の行動を見て,15歳からの5年間よりもこの5年間の方が充実して楽しかったと気持ちよく言えるように生きていきます.
「六月二十四日は、全世界的に、UFOの日だ」.これも私がこの20年間で得た重要な財産の一つです.
最後に,支えてくれている家族,親族,友達,チームメンバーには非常に大きな感謝の気持ちを持っていることを強調して終わりにします.