感情的になって書いているので,いつにも増して読みにくい文になっていると思います.
映画「遠いところ」
映画、ではなく現実
次の世代に残してはいけない問題がここにあるー
若くして母となった少女が、連鎖する貧困や暴力に抗おうともがく日々の中でたどり着いた未来とは。(公式ページより引用)
あらすじ
沖縄県・コザ。 17歳のアオイは、夫のマサヤと幼い息子の健吾(ケンゴ)と3人で暮らし。 おばあに健吾を預け、生活のため友達の海音(ミオ)と朝までキャバクラで働くアオイだったが、 建築現場で働いていた夫のマサヤは不満を漏らし仕事を辞め、アオイの収入だけの生活は益々苦しくなっていく。
マサヤは新たな仕事を探そうともせず、いつしかアオイへ暴力を振るうようになっていた。
そんな中、キャバクラにガサ入れが入り、アオイは店で働けなくなる。 悪いことは重なり、マサヤが僅かな貯金を持ち出し、姿を消してしまう。仕方なく義母の由紀恵(ユキエ)の家で暮らし始め、昼間の仕事を探すアオイだったがうまくいかず、さらにマサヤが暴力事件を起こし逮捕されたと連絡が入り、多額の被害者への示談金が必要になる。切羽詰まったアオイは、キャバクラの店長からある仕事の誘いを受ける―
若くして母となった少女が、連鎖する貧困や暴力に抗おうともがく日々の中で たどり着いた未来とは。(公式ページより引用)
印象に残ったシーン・セリフ
これと言ってすごい記憶に残っているシーンやセリフはなかった.「なかった」というよりは探せなかったに近いかもしれない. これは劇中に強い言葉が出てこなかったり,ストーリーが単調でつまらなかったということではない.言うまでもなくこの映画は沖縄で撮られている. 私が聞いたことあるような地名,方言,見たことあるようなお店,場所が当たり前のように描写されていたし,その空間で登場人物は生きていた. 私が知っている場所で,行ったことあるような場所で,私の生活環境とはまったく違う人たちが生きて現実と戦っている姿があった.むしろ,それしかなかった.
この映画を見る前,私は映画館で泣くと思っていた.それでハンカチも準備したし代えのマスクも持って行った.でも泣かなかったし,泣けなかった. 考えてみると,普段の私が見て,聞いて泣いている作品は,悲しくても美しい言葉,映像,演出,音楽で装飾されいるものばかりだ. この映画は違った.泣いて苦しみを忘れたいのに,悲しくさせるような音楽や演出は入らなかった.エンディングやストーリーの要所要所で音楽が流れたりエフェクトが入ったりはする.でも,それは作られた感じのあるものではなくて,あくまで自然だった. だから,私はこの映画を見て涙が出てこなかった.涙が出てくる悲しさとはどこか違うような感情になっていたと思う.
映画を見て
私が,沖縄の貧困問題に対してできることはなんだろうかと再び考える機会となった.私は沖縄で生まれて育って,ほんの1年と少し前までは沖縄に住んでいた.
沖縄にいる時から貧困問題と教育格差には強い関心があったし,この映画のような問題も言葉では知っていた.
今はまだ,上手く言葉にできないけど,映画のサブタイトル通り,この問題は次の世代に残していい問題じゃないし,負のサイクルをいつかは,誰かが止めないといけない.
私がこのことに少しでも力になって沖縄で泣く人が減るような社会を作りたい.