tax_free/serial experiments lain の感想

Created Mon, 22 Jan 2024 00:00:00 +0900
3811 Words

serial experiments lain を見ました.感想を書こうと思います.

当たり前ですが,アニメ版,そしておそらくゲーム版のネタバレを含みます.

ストーリー

まず,私が serial experiments lain を知ったのは,いわゆる鬱ゲーとして紹介されていた動画を見たときだった.その動画はストーリーを一通りネタバレしていたので,「玲音という名前の少女が Wired というネットワーク上に自分自身をアップロードして自殺する話」として認識していた.そして,ゲームが原作で,アニメはその焼き直しだと思っていた.しかし,アニメの 1 から 2 話あたりで,聞いていた話と違うことに気づいた(この時に serial experiments lain がメディアミックス作品であることに気づいた).

ストーリーを最初から最後まで書いても仕方がないので,ストーリーについて思ったことを書く.

アニメ版の serial experiments lain は,主人公である玲音が”自分”という存在について探していた話のような気がしている.その点ではいわゆるセカイ系の流れのルーツの 1 つであるというのも納得で,エヴァっぽい要素を感じることも分かる.エヴァでは AT フィールドやキリスト教的な世界観の中で碇シンジが自分の居場所や自分のアイデンティティについて問い,人と人との距離(繋り)について書いているように感じたが,serial experiments lain では Wired とリアルワールド(現実世界)という世界観で,肉体や意識,繋りについて考えているように思った.エヴァは人類補完計画によって,serial experiments lain は Wired によって,人と人とを繋げようとしていた.

ここまで,セカイ系,特にエヴァとの比較について書いたが,エヴァっぽいとしてよく言われる,作者の自分語りは,そこまで強く出ていないように感じた.特に旧エヴァの最終話(layer:13 EGO)付近のように明かな演出はなかっただろう.しかし,玲音が自分自身の存在について問う最終話(layer:13 EGO)前のシーンは,っぽさを感じた.(他にもっぽさを感じたシーンがあった気がするけど忘れてしまった)

layer:03 PSYCHE で,前日に CYBERIA であった出来事について話しているときに「昨日の夜たしかに私たちはあそこ(CYBERIA)にいたけどさぁ,なんかリアリティがなかったって気がする」というセリフは 90 年代末の社会的な雰囲気を感じることができるフレーズだったと思っている.こういったセリフ自体は古今東西,使われるセリフではあると思うが時代背景を考えると,よりそれらしく聞こえた.

serial experiments lain における主たるトピックである集合的無意識については私は専門外なので,まとめ記事を読んだ程度の知識しかないが,その程度でも,なんかすごい,と思わせるストーリーだった.集合的無意識の解説記事に「夢に登場する話が神話のような話になっていて共通性があると感じたユングが,個人の無意識を超えた人間に備わっている共通の無意識に注目した」という話が書かれていた.これを思い出すと,例えば第 2 話(layer:02GIRLS)でアクセラを摂取して乱射事件を起こした青年が,初めて玲音を見たはずなのに玲音のことを(厳密には lain かもしれないが)を知っていたのも,他の Wired ユーザーが玲音と初めて会ったときに初めてでないような話ぶりだったのも納得できる.

ユングの本を読んで,もう一度アニメを見ると新しい発見,より深い気づきがあるに違いない.

最後に,話の着地点についてだが,まず私はハッピーエンドな作品であると思った.主人公である玲音は自分の意志によって自分の生き方,居場所を確立し,それを実現することができた.これは幸せな終わり方ではないだろうか.しかし,と同時に,この作品を主人公の玲音とその友達であるありすのボーイミーツガール的な話(恋に落ちるシーンは明示には描かれていないが,玲音がありすを特別視していることがそれに近いと解釈できる)だと思うと,切なさがあるとも思う.特に終盤の玲音が記憶に干渉してやり直そうとするが,上手くいかずありすに不要だと言われるシーンは感動するだろう.それらの苦しみ,特にその結果,最終話(layer:13 EGO)の中盤では孤独になるが,それを通して自分の居場所を確立する流れはいかにもボーイミーツガールらしい.

演出

映像

まず,OP の映像で衝撃を受けた.

最初の玲音がふりかえるシーン,そして lain という文字が画面を埋め,lain の顔のアップが開始 5 秒に詰め込まれている.

その後,赤いキャミソールを着た lain が出てきて,カラフルな文字が背景で流れるシーン(少しエヴァっぽい?)になる.最初の現実っぽいシーン後なのでその対比がいい感じだ.このシーン後からモニタ内に移る lain は歌詞に合わせて口が動いているように見える.

そして,パーティーっぽいところに置かれたモニタ,ゲームをする少年のモニタ,キスをする男女の前に置かれたモニタに lain が写されるシーンになる.社会のあらゆるシーンで lain が現れていて,Wired 感があるが,アニメ内ではこれらのシーンが直接ストーリーに登場することはなく(ゲームシーンだけそれっぽいのがあるけど),むしろ玲音の生活からは遠いようなシーンな気がした.しかし,ある意味で人間的な営みだと思うので,そういった空間に lain がモニタ越しに登場するのは印象に残った.

このシーンの後,色が変化しながらテキストが流れてきて,このアニメの特徴の 1 つであると思っている(たぶん)実写パートが入る.実写に加工したっぽいシーンを lain が歩いており,ここでもリアルと Wired の接近を感じる.

少し飛んで 52 秒あたりからのシーンが私が一番衝撃を受けたシーン.歩道橋の階段の上から視点が降りてきて,玲音の顔を写して止まる.その後,玲音が目を開けると,目を開けた玲音のイラストが上から被さって,今度は玲音の顔に追従して視点が移動し,階段を登っていく.このシーンは最初に見たときに感動した.歩道橋の階段を登る玲音とモニタ上で歌詞に合わせて口を動かす lain が交互に写され,上まで登る.

歩道橋の階段を登り,反対側の階段まで歩いているシーンで(たぶん)初めて玲音がモニタ上に表示される.道の反対に渡す橋の上で lain ではなく玲音が表示されることが面白い.

そして,最後のシーンへ.歩道橋のちょうど真ん中くらいで,風が吹き,かぶっていた帽子が飛される.その瞬間に玲音は飛んでいくカラスを見つける.そのカラスの影が玲音の顔に被り,玲音はそのカラスを見つめる.無表情にカラスを見た後,玲音は飛んでいった帽子を取るために振り返ることはせず,そのまま反対側の道への足を進める.ここで,飛ばされた帽子は十分近くにあって,さらに玲音が歩き出すときに分かりますが,帽子は空間で静止し,地面に落ちることはない.

第一話(layer:01 WEIRD)から最終話(layer:13 EGO)まで同じ OP だが,最終話(layer:13 EGO)のありすとの会話に繋り,非常に感動的で,よくできているなと思った.

アニメの順番に沿うと OP の次は四方田千砂が飛び降り自殺をするシーンに.ここから layer:02 まで出てくるきらきらしたモヤの中にテキストを載せるという表現は,玲音が感じているメッセージが感覚的に分かってよかった.それに加えて,独特な世界観,リアルワールドと Wired の境界が曖昧になる感もあった.

家の外に出たとき,特に通学路のシーンは非常にハイコントラストな描き方になっている.加えて,影は単なる影ではなく赤っぽい色が乗っている.これによって,普通でない雰囲気とどこか不気味な雰囲気が混在している.その一方で例えば CYBERIA に向かう街のシーンはネオンライトや照明に照らされていて,鮮かな街が描かれている.その他にも玲音の自室に置かれた計算機は有機的な構造(おそらく水冷用のクーラントとポンプ)に見える.この内と外の比較が面白い.

最後は電線の描画について.この作品では全体を通して電線の描写が非常に多い.これは layer:02 GIRLS で玲音が言った「どこにいたって,人は繋っているのよ」を表現していると考えている.つまり,集積した電線の描写は,人と人とが繋っていることを意味している.

音響

serial experiments lain は独特の雰囲気を展開しているが,映像に加えて,音響とのバランスがよいことに依るところ大きいと思っている.

serial experiments lain では,やたらとコイル鳴きっぽいノイズが流れる.このノイズが絶妙で,大きな変化がないシーンでも気が休まらなかった.この音が流れるときは電線やトランスが写されることが多い.過剰なまでの電線の描写は密に繋ったリアルワールドを表していると思っているのは上に書いたが,そこからノイズが発生していて,それが玲音に聞こえるというのは面白い.また,途中で玲音が「うるさい」と言って,音が聞こえなくなるのもまた面白い.

そして,2 つ目はイントロのバンクでの街の音.通行人らしき喋り声や独特のノイズが入っていて,OP からアニメへの接続で大きな役割をはたしていると思う.だいたい同じような形だが,最終話(layer:13 EGO)付近では,より強くノイズが乗っていたように感じた.

終わりに

ゲームから知った serial experiments lain だったがアニメは鬱要素がほとんどなく,わりと気持ちよく見れるアニメだった.そして,意外にも泣かなかった.乾燥した切なさ,乾燥した感動があったように思う.

ゲーム版の方も気になるが絶対に私の心が許容できないので,やる予定はないが,アニメ版はユングの思想に触れた後や,この作品のことを忘れかけた頃にまた見たい.